東京地方裁判所 昭和42年(行ク)42号 決定 1967年11月24日
申立人 柯宏信
右代理人弁護士 劉増銓
被申立人 東京入国管理事務所主任審査官 猿渡孝
右指定代理人 片山邦宏
<ほか四名>
主文
申立人の本件申立てを却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
理由
一、本件申立ての趣旨は、「被申立人が昭和四二年五月二四日付で申立人に対して発付した退去強制令書にもとづく執行を停止する。」というにあり、その理由の要旨は次のとおりである。
(一) 申立人は、中国国籍を有する外国人であり、昭和四〇年一〇月二四日在留期間を六〇日とする観光客の資格(出入国管理令四条一項四号)で本邦に上陸したが、もともと日本で勉学することが来日の目的であったため、その後二回にわたり在留期間更新の許可を受け、昭和四一年四月早稲田大学大学院商学研究科に入学することができたので、更に在留期間の更新と右大学において勉学活動を行うための在留資格外活動の許可申請をしたところ、法務大臣は、昭和四一年六月一四日及び同月二四日に在留期間を同年八月二〇日までとして右各申請を許可した。そこで、申立人は、右在留期間満了前に、法務大臣に対し、再び在留期間の更新と特別在留許可の申請をしたが、前者についてのみ不許可の通知があり(ただし、右通知を受けた時期が同年九月二七日頃であったかどうかについては記憶がない)、後者の許否についてはなんらの通知も受けなかった。ところが、昭和四一年一〇月一九日、申立人は、在留期間をこえて本邦に残留する者に該当するとの容疑により入国警備官の違反調査を受け、同年一二月一三日被申立人の発付した収容令書によって東京入国管理事務所に収容されたので、保証金一〇万円を納付して仮放免されたところ、昭和四二年五月二四日、被申立人は、法務大臣の裁決を得たうえ申立人に対して本件退去強制令書を発付し、即日申立人を前記管理事務所に収容した。これに対し、申立人は、改めて保証人を立て追加保証金五万円を納付して同日直ちに仮放免となり、同年八月二二日まで仮放免期間の更新を受けたが、このほど再び収容され現在にいたっている。
(二) 右のとおり、申立人は日本の大学で勉学するために来日したものであり、ただ手続上の都合により観光用の短期査証で入国したものであって、このことは国側の当局者も諒解していたからこそ、これまで再三在留期間の更新や資格外活動を許可してきたのである。申立人は現在早稲田大学大学院商学研究科商業経営専修第二年度生であり、この修士課程を終了するためには昭和四三年三月まで在学することが必要であり、しかも昭和四二年一一月二九日及び三〇日に行われる修士候補者資格検定試験を受験しないと修士資格の取得が不可能となる。申立人はこれまで善良な外国人として勉学にいそしみ、仮放免を受けるについても多額の保証金と確実な身元保証人を立て、決して逃亡するなどということはなく、明春前記大学院を卒業したときは直ちに任意出国することを確約しているのであって、それにも拘らず今退去強制令書によって本国に送還されるならば、今日までの努力はすべて水泡に帰し、再び来日して中断した勉学を再開することは全く絶望的である。国側としても、このような事情は十分斟酌すべきであって、現に申立人と同様な短期査証で入国した者で学校卒業まで在留を許可された事例があることからみても、申立人に対してのみ、明春卒業までの僅か数箇月間の在留を許しえないとする合理的な理由はなんら存在しない。これらの諸点を考慮すると、本件退去強制令書発付処分は、法務大臣及び被申立人らが裁量権を濫用したものであるばかりでなく、国際連合憲章及び世界人権宣言等で保障された人間の尊厳と価値の尊重、国際親善の維持・増進という国際的慣例ないし国際法規にも違反する点において違法であり、右退去強制処分の執行によって申立人が回復困難な損害を蒙ることは上述のところから明らかである。よって、この損害を避けるため緊急の必要があるから、右処分の執行停止を求める。
(三) なお、被申立人は、本件の本案訴訟が前記退去強制令書発付の日である昭和四二年五月二四日から起算して三箇月の出訴期間経過後である同年八月二八日に提起された不適法な訴えであるから、本件申立ても「本案について理由がないとみえるとき」に該当すると主張する。たしかに本件令書発付処分等の取消を求める本案訴訟提起の日が被申立人主張のとおりであって、右処分のあったことを知った日から三箇月の期間を経過後であることは申立人としても争わないが、次に述べるような事情からすれば、出訴期間経過後の訴えとして扱うべきではない。すなわち、申立人は、前記のとおり昭和四二年五月二四日前記令書の発付を受けた当日に仮放免されたのであるが、このように令書の発付と同時に仮放免となった場合でもなお右令書発付処分に対して行政訴訟を提起することができるかどうか、出訴する場合の出訴期間及びその起算日はいつかなどについてなんらの教示もなされなかったため、申立人は、あらかじめ関係行政庁に対し裁判所に出訴する旨を通知し、当該行政庁から応分の指示を受けた後でなければ行政訴訟を提起することが許されないものと信じ、まず同年八月一四日法務大臣に対し、訴訟を提起する旨を通知し、ついで同年八月一九日被申立人に対し、行政訴訟を提起するから書面による許可を願う旨の文書を提出したが、そのいずれに対しても前記出訴期間内になんらの応答もなかった。右の事実によれば、法務大臣らに対する右各通知のときにおいてすでに訴えの提起があったものといえるのみならず、少くとも申立人に関しては、更新後の仮放免期間の最終日である昭和四二年八月二二日をもって出訴期間の起算日と解するのが相当である。仮に本件令書発付の日から出訴期間が進行するものとしても、以上の事実関係のもとにおいては、申立人が出訴期間を経過したことにつき正当の事由ないし申立人の責に帰すべからざる事由があったものというべきであり、いずれにしても出訴期間の点において本件の本案訴訟が不適法であるとすべきではない。
二、本件申立てに対する被申立人の意見は末尾添付の意見書記載のとおりである(ただし、右意見書の「理由」欄中第一末尾の「目下逃亡中のものである。」とある部分を「その後逃亡中であったところ、現在は東京都港区港南三丁目三番二〇号東京入国管理事務所に収容されている。」と改める)。
三、当裁判所の判断
行政事件訴訟法二五条二項により処分の執行を停止するためには、適法な本案訴訟の提起を要するものと解すべきところ、本件退去強制令書が発付されて申立人がこれを知った日が昭和四二年五月二四日であることは当事者間に争いがなく、右令書発付処分等の取消しを求める本案訴訟(当庁昭和四二年(行ウ)第一三九号)の提起された日が同年八月二八日であることは記録上明らかであるから、右訴訟は同法一四条一項の定める出訴期間を徒過したものといわなければならない。申立人は、法務大臣らに対する出訴の予告をもって本案訴訟の提起とみるべきであるとし、あるいは仮放免期間の最終日を出訴期間の起算日とすべきであると主張するが、いずれも独自の見解であって採用するに足りず、また、令書発付の際被申立人らが申立人に対し出訴の可否や出訴期間等を教示すべき義務があるわけでもないから、申立人がその主張のような法的誤解により関係行政庁に対する手続に時日を費したとしても、かかる事由をもって、申立人が前記出訴期間を遵守しなかったことにつき、申立人の責に帰すべからざる事由(民事訴訟法一五九条)があったとすることはできない。してみると、他に特別の主張、立証のない本件の現段階においては、申立人の前記本案訴訟は不適法であるといわざるをえず、したがって、本件申立ては、行政事件訴訟法二五条三項後段にいう「本案について理由がないとみえるとき」に該当するものとして、許されないというべきである。
以上のとおりであるから、本件申立てを却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 緒方節郎 裁判官 小木曽競 佐藤繁)
<以下省略>